手焼きせんべいと芸人たち

昭和3年創業。

昔ながらの製法を守り、職人が備長炭で一枚一枚焼き上げています。

当店のある、日本橋人形町は、かつては多くの料亭が立ち並び、芸者さんや旦那衆が行き交い、

昭和に閉場した「人形町末廣」では芸人や落語家達が高座に上がり、「明治座」では歌舞伎役者や

新国劇の俳優たちが舞台に立ち、それはそれは賑やかでした。

当店の「手焼きせんべい」はそういう多くの芸人たちに愛されてきました。

なかでも落語家の三代目桂三木助師匠は「手焼きせんべい」が大好物で、特注で紋入りの煎餅缶を作り、それに詰めて高座へお届けしていました。

また大勢いる弟子たちに、好物の煎餅を食べられないように「金庫に隠した」という逸話もあります。

そして歌舞伎役者の十七世中村勘三郎丈は、「おこげ」が好きで特別に黒く苦みが出るほど焼き上げました。

多くの芸人たちが愛した味を是非お楽しみください。

先代・石川とく 日々新聞より抜粋

くちほど確かなものはない

中略

歌舞伎、新派、映画邦楽の家元、落語、講談と芸能界に広いお得意がすこぶる多数で、煎餅焼く手も休まず機械のように、例えば幸四郎さんは焦がしてタップリ醤油をつけたものを好まれ、勘三郎さんは焦げたもの、羽左衛門さんは月にニ、三回お使が見え、花柳章太郎さんは焦げないもの、久松久世子さんは石のように堅く焼いたもの、錦之助さんもお好きのようですと各々客筋の好みを焼き分けているのもここの

特徴である。ことに三代目桂三木助丈は自分の芸名に定紋をちらした缶を特製お客様への贈物にはこの草加屋の塩煎餅の一点ばり              

                                  以下略